【発災から1年3ヶ月】2024年石川県能登半島地震、そして能登半島豪雨

2024年1月1日に発生した石川県能登半島地震から1年3ヶ月。
おいうちをかけるように能登を襲った同年9月21日の豪雨被害からまもなく7ヶ月が経とうとしています。
 
ピースボート災害支援センター(PBV)は、地震発災翌日の2024年1月2日から現地入りし、引き続き現在も、輪島市と珠洲市に常駐して支援活動を行っています。直近1ヶ月の出来事についてまとめました。

 

ありがとうございました

「まちのの湯」の終了(輪島)

2024年5月30日から町野で始まった入浴支援「まちのの湯」は、2025年2月28日をもって、その役割を終えました。277日間の運営のうち、天候の影響で18日間はお休みとなりましたが、それでも 町野の住民を中心に、延べ22,586人もの方々にご利用いただきました。
 
 
最終日が近づくにつれ、一日に二度、三度と湯を楽しむ方もいらっしゃいました。「もうすぐ終わるんやなぁ…」と、少し寂しそうに話す声が、湯気の向こうにふわりと溶けていく。そんな光景も見られました。
 
「まちのの湯」は、ただ身体を温める場所ではなく、言葉を交わし、時には静かに寄り添い合う場所でもありました。湯のぬくもりとともに、ここで生まれたつながりが、皆さまの心にいつまでも残りますようにと、願っています。
 
最終日、北陸朝日放送に取材いただき、YouTube公式チャンネルにて「まちのの湯」の終了について放送いただきました。最後の日の利用者の方々やスタッフの声を丁寧に掲載いただいています。ぜひご覧ください。
 
◆『輪島市内の入浴支援が終了 復興は新たな段階へ』◆

<YouTubeコメント欄より抜粋>
輪島市町野町の入浴支援施設「まちのの湯」。去年5月にオープンし、多い日で1日120人。住民の体を毎日休まず温めてきましたが、惜しまれながら閉館を迎えました。一度に利用できるのは8人。それ以上になると、スタッフや住民同士で会話をしながら順番を待ちます。
中に入ると、ドライヤー付きのドレッサーが並び、着替えは指定されたかごの中に。同時に6人が体を洗うことができ、お湯の温度は少し熱めの43度。しかもかけ流しです。
夏場を迎え、需要も落ち着くと思われた矢先、町野を襲った豪雨。住民にとってまちのの湯は情報交換やコミュニケーションの場として認識されていきます。……
まちのの湯は幕を閉じますが、PBVはこれからも町野をはじめ輪島で支援活動を続けます。
 
 
 
 

「FOOBOUR(フーバー)」の終了(輪島)

2024年5月6日から、大谷地区で実施してきた無人支援物資配布車両『フーバー』。
たくさんの方々から親しまれ頼りにされてきたフーバーも、昨日をもって支援物資配布という役目を終了しました。
2024年5月~2025年3月31日までの間に、延べ1,600人以上の方に活用いただきました。

住民の方々からは、これまでを振り返る声が聞かれました。

「暑い真夏の時も、雪が降る寒い時も、ここを頼りにきていたよ」「そうそう、夏の暑い時も、ここで毎週集まって、みんなでお話し会してたね。楽しかったね」「地震と水害とで本当に大変だったけど、毎週ここに来るのが楽しみだったんだよね」

「この黄色い車を見ると、なんだかホッとするのよね」「辛いときに、本当に本当にたくさん助けてもらったね。なくなってしまうのは寂しいけど、自分たちでも頑張っていかないとね」「ただ、ただ、ありがとうという感謝の気持ちです。ありがとう。ありがとう」

皆さんの言葉、表情から、フーバーが愛され、必要とされ、そして私たちが願っていた「食の支援の港」となり、住民さんたちの「希望の光」となれたのではと感じました。

PBVとしても、初の試みだった『フードハーバープロジェクト』は、珠洲市社会福祉協議会、珠洲市、地域の方々、連携団体をはじめ、たくさんの企業さまからのご支援をいただき、11カ月という長期間、活動を実施することができました。
ご支援ご協力いただいた皆さま、本当にありがとうございました。

そして、このフードハーバープロジェクトの準備をし、毎週物資の補充をし続けてきてくれたPBVボランティアメンバーの皆さん。これまで継続してきたフーバーという支援拠点の活動は、住民さんたちの憩いの場となり、物資支援という枠を超え、元気と安心をお届けする素敵な場所となりました。支援のバトンを引き継いで、継続をしてくださり、ありがとうございました。

「フードハーバーがなくなってしまって寂しい」というマイナスではなく、住民の方々たちがさらに前を向いて進んでいけるよう、引き続き大谷地区での支援は続きます。今後も、ささえ愛センターさんと一緒に、週1のお茶会を継続しながら、笑顔の花咲く時間を過ごせるよう活動していきます。

 
フーバーにつきましては、3月21日の東京新聞にて掲載いただきました。高齢者が多くを占め、唯一あったスーパーが地震で廃業した大谷地区にて、被災者が24時間いつでも食料品や日用品などを受け取れる無人車両を設置してから11か月。ぜひご一読ください。

 

 

リラックスできる場所を

コーヒーと笑顔の支援(珠洲)

春の近づくこの日、0歳児~年配の方々までが集まる正院地区のお茶会では、おいしいコーヒーと楽しいお話で笑顔と笑い声が響く心地よい時間を過ごしました。
 
「1年前はみんな避難所にいてね。毎日、炊き出ししてもらったり、ご飯作れる人たちで作ったりしてたよね」「大変だったぁ」と発災当時を振り返る住民さん。しかしこの日は「こうやっておいしいコーヒーを飲みながら、笑えるようになってよかったね」と、にこやかな笑顔でお話しされていました。当時の辛いことをお話してくださる住民の方々には感謝でいっぱいです。
 
 
発災から1年以上が経ち、報道が少なくなって被災地の状況が伝わりにくくなっています。今回支援に来られているスターバックスさんには、住民さんたちの生の声を聴いていただきました。こうやって実際に被災地に足を運ばれる方に、現地のことを感じてもらうことの大切さを実感しています。地元に戻って被災地の情報を伝えていってくださることが、次の支援に繋がっていくでしょう。
 
まだまだ大変な状況の中でも、前を向いて進んでいこうとしている珠洲の方々を、応援していきたいと思う方がたくさんいること、そして、忘れずにいてもらえるよう、今後も現地の声を伝えていきたいと思います。
 
 
 

今後の活動予定

現在、毎日のようにいくつもの関連団体と、被災者状況の共有や課題、解決方法を話し合いながら活動を進めています。

これまでの活動のようすを40以上のメディア(新聞・ラジオ・ネットニュース・配信番組など)で取り上げていただいています。動画・写真・インタビューなどにて紹介されており、アーカイブもご覧いただけます。

 ⇒ メディア掲載情報一覧はこちらよりご覧ください。

今後も引き続き、中期的な支援のために、被災者の生活再建に関わる「コミュニティ形成(サロンの実施など)」「避難所運営サポート」「備品の提供(仮設備品支援など)」に力を入れていきます。

そのほか状況に応じて、「被災家屋の応急対応・保全」「災害支援のノウハウ提供や支援調整」「災害ボランティアセンター運営サポート」など、地元の団体や関係機関、支援団体と連携し、現地のニーズに合わせた支援活動を実施していきます。

<これまでの活動レポート>

 

 ⇒ 初動レポート
 ⇒ 発災から1か月レポート
 ⇒
発災から2か月レポート
 ⇒発災から3か月レポート
 ⇒発災から4か月レポート
 ⇒発災から5か月レポート
 ⇒発災から半年レポート
 ⇒ 発災から7か月レポート
 ⇒ 発災から8か月レポート
 ⇒ 発災から9ヶ月レポート
 ⇒ 発災から10ヶ月レポート
 ⇒ 発災から11ヶ月レポート
 ⇒ 発災から1年まとめレポート
 ⇒ 発災から1年1か月まとめレポート
 ⇒ 発災から1年2か月まとめレポート

 

長期的なご支援をお願いいたします

能登半島地震の支援のために珠洲市と輪島市に常駐し、さまざまな支援を行っていた体制をベースとし、9月21日の豪雨直後からすぐに行政、社協、支援者による三者会議を開催しました。それまでにも連携をしてきた現場の関係団体らは、チームに分かれて被害情報の把握と共有、断水地区への水や簡易トイレなどの物資支援など、協力して支援活動を進めています。
しかし、2度にわたる災害による被害は大きく、復旧は長期に渡る見通しです。

「2024年能登半島豪雨 緊急支援募金」
「2024年石川県能登半島地震 緊急支援募金」ご寄付は
こちらから

 

「災害支援サポーター」はこちらから

今後の長期にわたる支援は、継続的に支えてくださる「災害支援サポーター(マンスリーサポーター)」のお力が大きな助けとなります。ぜひ、長期的なサポートにご協力お願いします!

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