【能登半島地震から2年~輪島編~】生活再建から居場所づくり、ひとり親家庭支援まで

2024年能登半島地震の支援活動を開始してから、2年が経ちました。

現在、石川県輪島市では、被災者の生活再建からコミュニティ支援、そして特に配慮が必要な家庭への食料や日用品などの物資支援に至るまで、多岐にわたる継続的な活動を展開しています。PBVの輪島市での活動をお伝えします。

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2025年10月、移動型サロンにて。寄贈いただいた新品の婦人服を手に、住民のみなさんが皆さん明るい笑顔を見せてくださいました。

 

生活再建支援:自立を支え、暮らしの基盤をつくる

PBVが運営サポートを行っていた輪島市内の避難所は、2025年4月13日をもって全て閉所しました。現在、被災者の方々は、仮設住宅あるいは自宅などへ居所を移し、生活再建へと歩みを進めています。こうした新たなフェーズにおいて、PBVは、被災者一人ひとりの複雑な感情に寄り添いながら、行政支援と地域の実情をつなぐ「橋渡し」としての役割を果たしています。

仮設住宅等への家電支援

仮設住宅等にお住まいの方々へ、石川県による大型家電3点(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)と輪島市が実施する寝具セットの支援と並行し、PBVは小型家電の提供を行うことで次の生活のスタートアップとして必要な生活環境の整備をサポートしています。

事前にカタログを準備し、例えば「こたつ=20ポイント」「掃除機=15ポイント」「炊飯器=10ポイント」「ドライヤー=5ポイント」のように各家電にポイントを設定し、最大40ポイントまで支援を選べる方式を採用しました。なぜなら、今回の能登半島地震の場合、広域避難場所から1年ぶりに地域に戻ってくる方など避難先の生活で既に準備したものもあれば、被害のあった家屋からなんとか使えるものだけは取り出したという方もいたりと、ぞれぞれが準備をする背景や事情が異なるため、入居するタイミングで各自が必要な家電を選択できるように工夫しました。その結果、「久しぶりに家族みんなで話す場ができた」「何を選ぼうかとワクワクした」といった声が聞かれ、日常の中にささやかな楽しみも一緒にお届けできています。

仮設住宅でのゼロからの生活を、少しでも安心してスタートできるよう丁寧にサポートしています。

情報支援による制度活用のサポート

2025年10月末時点で、申請件数の約9割の公費解体が完了しています。

一方で、住民のなかには「書類は届いたが、情報が複雑で理解が難しい」「公費解体の申請をしたいが、やり方がわからない」という方もいます。行政への伴走支援の一環として、見守り支援員と協力しながらすべての仮設住宅の戸宅を訪ね、制度の説明や申請までのサポートをしたり、「解体するか修繕するか決められない」「再建をしたい気持ちはあるが現実的にできるか不安で、災害公営住宅に住む方がいいのか迷っている」という声に寄り添い、申請期限ぎりぎりまで一緒に悩んだりしてきました。また、一部損壊であっても資金調達が困難な方へ家屋修繕の情報提供を行うなど、制度の「置いてけぼり」になる人がいないようにきめ細かく対応しています。

行政支援制度に取り残されることがないように、市内の仮設住宅を一軒一軒訪問し、制度の説明や不安の聞き取りを行っています。

 

コミュニティ支援:孤立を防ぎ、生きがいを繋ぐ

各種支援調整窓口

輪島市により業務委託されるかたちで、市役所内に「各種支援調整窓口」を設置し、県内外から届く多様な支援を、バランスよく各地域へお届けするための調整役を行っています。

輪島市役所内の各種支援調整窓口にて。

毎朝、ミーティングで進捗状況をつぶさに確認するところから業務がスタートします。前日から今日にかけて何が動いたのか、確認に漏れはないかなどを丁寧にチェック。ささいなボタンの掛け違いがないよう、電話相談における口調や行間から支援者の想いを丁寧に汲み取ることで、結果的に住民の方々へより良い支援をお届けできるよう努めています。

ここで大事なことは「やりすぎない」こと。本来、行政が担う役割を一時的にPBVがサポートしていることから、業務を行政へお戻しした際に職員の皆さんが困ることがないよう心がけています。「必要な道具は自分たちで準備する」「ゴミは持ち帰り」など、支援者の方々に「自己完結」をお願いすることで、無理のない復興を後押ししていきます。

また、最近では地域や住民の方からの相談も増えてきました。以前は申し出のある支援を地域のニーズに合わせてお繋ぎするというのがメインでしたが、1年半が経過した頃から「地区でこんなことをしたいけど、今は人手が外に出て減ってしまった。だけど集まりを再開したい」というような、各地で主体的な動きが見えるなか直面する課題をどう解決していったらよいかという悩みもあり、連携している関係団体に協力の呼びかけや情報共有を常に図りながら支援のマッチングをしています。時には直接PBVにて伴走支援に入るかたちも取りながら地域の方々の回復力と思いを補間し一緒に取り組んでいます。

石川県主催「被災地域向け支援メニュー」より、ハーバリウムペンづくりの様子。

PBV独自の移動型サロン「よっていかん家(け)」

一方で、山間部や海沿いの集落など、特に支援が届きづらい在宅避難の方々へは、PBVで「場づくり」としてのサロン活動を行っています。

行政ではどうしても把握しきれない在宅避難者のご自宅を一軒一軒まわり、区長さんと繋がり、大勢が集まれる場所を把握し、サロンを実施する―。とても地道な道のりですが、担当しているスタッフは「人がどんどん繋がり直していく過程が嬉しくてしょうがない」と笑います。

避難所が閉所した4月以降、住民の方々のニーズ調査とともにサロン会場の下見を行ってきました。

「避難所でお世話になったPBVさんが熱心にサロンをやろうと声をかけてくるもんで、そこまで言うならやってみようかと呼びかけたら大盛況でびっくりしたよ」

地震と豪雨で二度にわたり孤立した山間部の地域。地震による地割れで壁に入った無数のヒビや床の勾配に一時は公費解体を考えたものの、大工である自分が建てた家を壊すのはあまりにも悔しかったという区長さんが、1年半かけて再建したご自宅で開催されたサロンには大勢の方が集まりました。

2時間の予定で10時に始まった会でしたが、最後の人が帰ったのは17時頃だったそうです。

「真面目な話はまた今度。なんでもない話で盛り上がって、みんなで笑って。久しぶりに楽しかった。」

一度集まることが出来れば、自然と2回目、3回目とつながっていきます。「しかけづくり」を行うことで、孤立を防ぎ、地域コミュニティ回復のきっかけを提供するのがサロン活動の目的です。将来的には、山奥や海沿いにも入れる地元の団体などへの活動の引継ぎを視野に入れ、息の長い支援が続く体制を構築しています。

PBVが運営する常設型サロン「まちのの間」

PBVが輪島市町野町で2025年5月にオープンした地域の交流拠点「まちのの間(ま)」は、少しずつ地域住民の方の生活の一部となってきました。90歳のおばあちゃんが毎日1時間かけて歩いて訪れてくださったり、4歳の女の子がその日に描いた絵を壁に飾りに来てくれたり。「ただいまー」「また明日ねー」といった声が日々飛び交い、常に誰かの笑い声が聞こえるような、あたたかい居場所として地域の皆さんに育てていただいています。

大きなイベントがない日でも、毎日30人前後の方が訪れてくれています。

地区集会所等への備品支援

同様に、集会所や地域拠点の再建支援として、「最大30万円」を上限とする備品支援を行っています。机・椅子、調理器具、エアコン、発電機、音響備品など、コミュニティごとに「いま、必要なもの」は様々。選んだ背景をお聞きすることで、支援することの意義をより強く感じることができます。

申込みいただいた内容について、書面や電話、現地訪問を通じて一件一件丁寧に確認したうえで支援を決定し、現在までに88施設へ備品の支援を行っています。

公民館や仮設住宅の集会所、区長さんのご自宅など、各地域をまわりながら説明会を実施しました。

集会所備品支援は、ジャパン・プラットフォーム様、パルシステム様、アクトアライアンス様による助成金により実施しております。

 

ひとり親家庭支援:少しのゆとりと、笑顔を増やす

災害により特に経済的困難を抱えやすい「ひとり親家庭」を対象に、キッチンカーを通じて食料や日用品の支援を行う「FOOBOUR(フーバー)-わじま港-」プロジェクトを実施しています。

奥能登豪雨から1年となる2025年9月21日に行った「FOOBOUR -わじま港-」オープンイベントには、たくさんの住民の方がお越しくださいました。
 

FOOBOURとは、Food(食事)+Harabour(港)の組み合わせで名付けたPBV独自のプロジェクトです。「いつでもどこでも食の支援を」をテーマに、必要な人が気兼ねなく食品を受け取ることができる「港」となることを目指して、2025年10月より、佐賀県大町町に続く2港目として輪島市に設置しました。

11月に入り寒くなってきたことから、最近ではスープ類が人気とのこと。飽きがこないよう8種のスープを入れ替えながら提供するほか、水やお米、日用品、缶詰など。「おそばは年越しの瀬に出そうかな」など、住民の方々との日常の会話を糸口に、日々の暮らしに少しのゆとりを提供できるよう心がけています。

企業のみなさまのご支援により毎日充実した物資を補充することができています。

10月の総利用者数はのべ81名。お子さんと一緒に訪れる方も多く、お楽しみコーナーやお菓子コーナーが空っぽになっていると嬉しくなります。荷物を袋につめやすいようにフックを設置したり、ちょっとした会話を楽しめるようコミュニケーションボードを設置したりと、安心した気持ちで気持ちよく利用いただけるよう運営していきたいと思います。

▼輪島市と共催したお披露目会の様子はこちら

◆FOOBOURサポーターやご協力いただける企業団体を募集しています◆

 

寄り添いながら、息の長い支援を続けるために

「東京では、能登のことはどんな風に話されていますか」

これは、東京から視察に行ったスタッフが、サロンに参加されていた住民の方から最初に投げかけられた言葉です。

お話を伺ってみると、地震で半壊した家をどうにか立て直そうとしていたところに、追い打ちをかけるように豪雨により土砂が流入し、住めなくなってしまったこと。土砂で機械が使えなくなり、家業の米作りもできなくなったこと。今は人に貸した田んぼで作ってもらったお米を買って食べていること。遠方に住む子どもや孫にお米を送るという楽しみが奪われてしまったこと。すっかり心が折れてしまい、外に出ようという気に全くなれなかったこと。最近になってようやく外に出て、少しずつサロンに参加するようになったこと―。

ポツリポツリと言葉を選びながら、切実な思いをお話ししてくださいました。

確かにメディア報道は少なくなり、人々の話題に上ることは減ったかもしれません。しかし、今もなお、能登の皆さんを思い、継続的に支援を寄せてくださっている個人や企業の方々が国内外にたくさんいらっしゃることをお伝えすると、「そうですか」と、少し安心したように微笑んでくださいました。

庭先で乾燥中のパンダ豆。「塩と砂糖で煮たらふっくら美味しいんよ」と教えていただきました。

これまでご紹介してきた活動は、地域の一員としてコミュニティに溶け込み、中長期的な視野をもって、時間をかけて築いてきた信頼関係があるからこそ実現できる支援です。

 

PBVは、これからも「お互いさま」の気持ちを大切に、被災された方々の葛藤や悩みにも寄り添いながら息の長い支援を継続していきます

これまでご支援くださったみなさまに心より感謝申し上げますとともに、これからも是非、関心を寄せ続けていただけますと幸いです。

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