【和歌山・台風12号】 ボランティア・コーディネーターが語る(後半)

9月25日より、ボランティア用の施設としてお世話になった旧小口小学校。

 

Q:
鈴木さんは、石巻での支援活動も経験しています。今回の台風被害をどう見ていますか?

A:
もちろん半壊・全壊して家を失ってしまった方もいて、現在は仮設住宅に暮らしています。また、外見は大丈夫でも、中には土砂が入り込み、家財道具をやられてしまった家庭もたくさんありました。これは東北にも共通しますが、高齢者が多い地域なので、地元の人手だけでは、途方もない時間がかかっただろうと思います。普通、水害の復旧は2週間ほどと言われているそうですが、ボランティアが入っても2ヶ月の時間を費やしたことが、その規模を物語っていると思います。

また、東北と違い、圧倒的に関心が集まりませんでした。大阪から何度か熊野川町の支援に駆け付けてくれた団体もありましたが、現地密着で継続に活動したのはピースボートだけでした。石巻災害復興支援協議会や日本財団、オンザロードなど、石巻市でともに活動している団体が、それぞれ那智勝浦や三重県側で活動したようですが、やはり各地でも継続支援に入った団体は数えるほどだったと思います。

 

 

Q:
東京で現場の報告を受けながら、ピースボートでも積極的なボランティアを呼びかけましたが、やはり反応は厳しかったです。それでも最終的には369人、社会福祉協議会に登録する日別のべ活動人数に直すと1,735人が活動しました。和歌山でのボランティアの多くは、どういった人たちでしたか?

A:
石巻でのボランティア経験のあるリピーターが半数ほどでした。特に、9月当初は、募集の呼びかけにいち早く反応してくれました。現場でマンパワーが必要とされていることへの理解と、自分が行って役に立てることがあると経験から学んでいたからでしょう。本当に助かりました。それから、ボランティア希望の学生が多い「Youth for 3.11.」の関西メンバーもたくさん参加してくれました。彼らは逆に、地理的に東北ボランティアに参加しづらかった事情があったので、積極的に協力してくれました。

自然災害が発生する場所は特定できないので、こうやって若者が多い各地の主要都市でボランティアを募集できる仕組みをもっと形にしていく必要があると思います。

 

上:作業前の小谷モーターズ / 下:作業後の小谷モーターズ

 

Q:
2ヶ月間で、行った作業について教えてください。

A:
大きくは、災害ボランティアセンターの運営サポートと清掃です。「熊野川サテライト」には、新宮市からの応援も含め、多い時には約200人の個人ボランティアがやってきました。そこでの作業道具・物品の管理を行っていました。石巻でもやっていましたが、いわゆるストアー作業ですね。また、清掃は、家財道具の運び出しから、土砂のかき出し、高圧洗浄機を使っでの水洗いや雑巾がけなどなど、161件のニーズに対して実施しました。地元の人もボランティアも、みんなが使う日々のトイレ掃除も頑張りました(笑)

毎日、災害ボランティアセンターの職員の方々と打ち合わせをしながら活動をアレンジしてきたこともあり、時期によるニーズの移り変わりも記録してきましたが、家庭内の清掃から学校や施設、側溝清掃などの公共へと変化してくるタイミングが今回よく分かりました。今後発生する水害への支援にも活かせる貴重なデータだと思っています。

鈴木隆之。熊野川町の全活動が記されたマップを手に。

 

Q:
最後に、この2ヶ月を振り返ってのコメントをお願いします。

A:
熊野川町には、また絶対に行こうと思ってます。その後が気になるということもありますが、山があって川があって、美味しい水があって。星も、本当にきれいでした!そして、やっぱり人が優しい。魅力的なところですから。

あと、ボランティアに参加してくれた皆さん、一緒に活動してくれてありがとう。行政局の皆さん、新宮市災害ボランティアセンターの皆さん、そして熊野川町の皆さん、本当にお世話になりました。最終日の炊き出し、死ぬほど美味しかったです。また、絶対行きますね。

 

 

※鈴木隆之は、今週から再度、石巻での活動に復帰します。こちらは、まだまだボランティア募集中。仮設住宅への新聞配り、工場の再生に向けたお手伝いなどなど、特に1週間の定期派遣、短期派遣の平日に人手が足りません。1人でも大きな力です。ぜひ、ご協力ください。

 

 

 

photo:Mitsutoshi Nakamura