国際基準からみる災害支援 ~JVOAD全国フォーラム④~

本ブログは、5月26-27日に開催された全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)主催の「第5回 災害時の連携を考える全国フォーラム」に参加した報告ブログの最終記事です。

◆これまでにあげたブログ記事はこちら☟
コロナ禍の災害支援のあり方を考える ~JVOAD全国フォーラム➀~
コロナ禍の災害支援のあり方を考える ~JVOAD全国フォーラム➁~
多様な災害支援のあり方 ~JVOAD全国フォーラム③~

 

2日間で26の分科会が開催された中、両日・2回の分科会にかけて、「性的搾取・虐待およびハラスメントからの保護(Protection from Sexual Exploitation, Abuse and Harassment)」――頭文字をとって「PSEAH」(ピーエスイーエーエイチ)とよばれています(以下、PSEAH)――という国際基準についての認識を深める機会がありました。PSEAHは、国際協力などの場面で、支援を提供する側による性的搾取や性的虐待から、支援を受ける人々を守るための取り組みです。あってはならないことですが、支援する立場を利用した搾取や暴力が近年報告されるようになりました。世界の開発・人道支援の現場では、PSEAHへの対応が推進されています。そうした機運のなか、「PSEAH性的搾取・虐待・ハラスメントからの保護実践ハンドブック」日本版は、今年3月に発行されたばかりです。

 分科会には、ハンドブックの企画編集に携わったワーキンググループのメンバーや、PSEAHを日頃の活動で実施してきた組織が登壇しました。被災者の命・生活・尊厳を守るための国際基準として日本でも注目を集めているスフィア基準と連動するPSEAHの位置づけについて学びました。また世界・日本の人道支援の現場での取り組みの事例から、参加者が現場での課題感などを共有しました。

 

 スフィア基準―「人道憲章と人道対応に関する最低基準」―は、PBVも被災地での活動支援において重要な指標としています。各スタッフもよりよい支援に努めるべく、外部の研修などで学び、現場で実践しています。このスフィア基準は「スフィアハンドブック」として世界各地で刊行されており、もちろん日本語でも学ぶことができます。また、スフィアハンドブックは、数年に一度、改定が重ねられています。国際人権章典など国際法に明記されている「尊厳を持って生きる権利」や「保護と安全を得る権利」といった原則に基づいて策定された「人道支援の質と説明責任に関する基準(Core Humanitarian Standard)」(以下、CHS)は、2018年版の改定に際して従来のスフィア基準としてスフィアハンドブックの一部に加わりました。支援者が被災者の支援を行う際に求められる9つの約束事、9つを図表として整理した右図は「CHSフラワー」と呼ばれています。例えば、コミットメント4「人道支援はコミュニケーション、参加ならびに影響を受けた人々の意見に基づいて行われる」は、現在のコロナ禍において外部の支援団体を受け入れたり、地域の支援者や被災者と共に活動するうえで、重要な項目です。

人道支援の質と説明責任に関する基準(CHS)」日本語版(2016)p.4より 人道支援の質と説明責任に関する必須基準(CHS)の9つの質の基準の図「CHSフラワー」

 また、国際的にもとりわけ積極的な取り組みへの呼びかけがなされているのは、コミットメント5「苦情や要望を積極的に受け入れ、適切な対応をしている」という点です。実は、被災した現場では、被災者が支援者に対して意見表明をしにくいと感じてしまうことが発生します。それは、被災し支援を受け取る立場と、リソースを持ち支援する側との間に生まれる力の不均衡に起因します。この力の構造に端を発する事柄で特に許されてはいけない行為として、性的搾取や虐待、ハラスメントといった暴力があります。これらは残念ながらこれまでの世界や日本の様々な人道支援の現場で起こってしまっています。

 

 PSEAHワーキンググループの尾立素子さんは、1990年代以降、開発・人道支援の現場で、国際機関や国際NGO等の職員によって報告されてきた性的搾取や性的虐待の事例や、東日本大震災女性支援ネットワークのまとめた報告書をはじめ、これまで調査・研究に尽力してきました。分科会の中で、災害時、避難所で支援者から被災者に対して起こりうる暴力を大きく2つに分類して説明しました。ひとつは、支援を引き換えにした性行為を求める等の「対価型の暴力」。もう一方は、夜に布団に入ってきたり、盗み撮りをしたり、子どもへのわいせつ行為をはたらく等といった「環境不整備の状況での暴力」です。両暴力ともその行為自体が全く許されない反人道的な行為です。弱い立場におかれた被災者に対して支援者が力の格差を悪用する点や、こうした被害の声のあげ辛さによってその問題行為を不可視化しやすいという点でも、非常に卑劣です。

 

 

こうした被害が被災地で1件でも起きないようにする為には、私たち支援者一人ひとりが平常時から人権意識を高め、また、社会としても暴力や差別をなくす取り組みが必要です。平常時、災害直後や復旧の初期にどういった取り組みができるか、また、実際に起きてしまったらどうするか、意見を交換しました。「どんな行為が性的加害になるのか、個々の認識が異なってしまう事で問題が起こることがあるので、基準をきちんと設けて共通認識として学ぶことはとても大切だと思う」という声や、「LGBTQ+やジェンダーなど、被災者の多様性に配慮した環境づくりが重要だと思う。男女で分ける事で心的なストレスを発生させてしまうことも考えられるので、個の空間を大切にした区分などに配慮したい」といった意見が積極的に交わされました。

 国内外の支援現場で起きる、支援者から支援される人々へのPSEAHの必要性は、日本では近年ようやく認識されたばかりです。PSEAHワーキンググループに携わったCWS五十嵐豪さんは「性暴力などへの対応は現場で本当に急務だからこそ、何とかPSEAHのハンドブックは早めに作りたかった」と話していました。危機感が募った言葉を聞いて、より安全で信頼のおける災害支援は、日常の努力から始まることを強く実感しました。