「福島子どもプロジェクト2024」を実施しました
国際NGO「ピースボート」と福島県南相馬の子どもたちに保養や教育を提供するNPO「南相馬こどものつばさ」とPBVが2011年から共同で続けているプロジェクト「福島子どもプロジェクト」が、今夏も実施されました。
このプロジェクトは、震災と原発事故で被災した福島の子どもたちを対象とし、これまで100人をこえる中高生が世界を旅しています。今年は福島・南相馬の中学生7名が参加し、ピースボートの運営するショートクルーズに乗船して12日間の旅をしました。
(※本年はラッシュジャパン合同会社様より助成を受け実施しました)
1日目:7月30日「出港!」
参加した7名の中学生は、「参加が叶わなかった人のぶんまでチャレンジしたい」「自分から話すのが苦手なので克服したい」などの想いを抱えて、神戸港ポートターミナルから出港。初めて見るクルーズ船に「動くホテルみたい」と表現する子もいるほど興奮しています。
彼らの冒険は初日の船内から始まります。
ある参加者は、外国人クルーに声をかけられた際に自分のジェスチャーが通じたことがうれしく、「もっとコミュニケーションを取りたい」と意欲が湧いたそう。
また、夕食時に1人でコース料理に挑戦した参加者も。「Tea or Coffee?」という英語の質問に戸惑いながらも、フルコースを堪能しました。
長い1日の終わり、「南相馬こどものつばさ」事務局長の佐藤さんは「伸び盛りの今、明日からもぜひ積極的に自分からチャレンジしてほしい。好奇心は自分の幅を広げてくれる。見て感じて記憶に留めてほしい」と子どもたちに伝えました。
2日目:7月31日「言語をこえたコミュニケーション」
洋上では、それぞれが船内イベントを楽しみました。卓球大会や語学講座などを通じ、言語を超えた交流ができたようです。
「笑顔で目を合わせて会話して、楽しい時は体で表現すると、台湾の人とも仲良くなれて一緒に卓球もできた」「掃除に来てくれたクルーとは、日本語も英語もなかなか通じなかったけど、フレンドリーだったおかげでなんとかコミュニケーションが取れてうれしかった」など、通じ合った喜びを噛みしめていました。
関門海峡を通過したこの日は、水平線に沈む夕日を初めて見て「本当に美しかった」と心を打たれた様子でした。
また、翌日の韓国・済州島訪問を前に、韓国語講座を受講した参加者も。「韓国に行けるのが楽しみ。使える簡単な言葉を学べたので、ぜひ使ってみたい!」と楽しみが膨らんだようでした。
3日目:8月1日「韓国・済州島へ」
韓国・済州島。世界遺産や韓国の食文化を感じられる市場を訪問するオプショナルツアーに参加しました。
韓国で初めて世界自然遺産に登録された「城山日出峰」へ。約10万年前の海底噴火によって生まれた巨大岩山を前に圧倒されます。「きつくてやめようと思った」と苦しみながらも、頂上では、最高の景色が待っていたようです。
昼食は、韓国の定番料理「サムギョプサル」を食べ、初めて味わう青唐辛子など、異国の食文化を楽しみました。
また、東門市場での買い物では「前日の韓国語講座で学んだ『얼마예요?(オルマエヨ/いくらですか?)』を使ってお土産を買い、夜には船内で韓国のお菓子パーティまで開催しました。
4日目:8月2日「親元を離れた船内での生活」
乗船2日目にけん玉パフォーマンスコンビ「ず〜まだんけ」のショーに魅了されていた参加者たちは、船内の「けん玉体験ひろば」へ。新しい技を習得しようと真剣です。
夜には船長主催のウェルカムセレモニーに参加。思い思いのおしゃれ着に着替えてパーティ会場へ。ウェルカムドリンクや、ミュージシャンによる生演奏など、想像以上のフォーマルな雰囲気に驚いたそうです。
ちなみに、船内での洗濯は自分たちで行います。洗濯をしていて他のスケジュールが狂ってしまったりと、親元を離れた生活の中で、学んでいるようです。
5日目:8月3日「さまざまな体験と挑戦を」
京都・舞鶴。道の駅「美山ふれあい広場」でソフトクリームなどを食べた後、かやぶき民家の並ぶ「美山かやぶきの里」へ。お昼はレストランでそばや納豆餅を食べました。
この日からはSNSで発信するレポートを参加者が書くなど、外へ発信するという挑戦も。旅する体験だけでなく、ふだんとは違ういろんな経験をしています。
6日目:8月4日「輪島、能登半島地震の視察」
石川県の輪島市へ。2024年1月1日の能登半島地震で倒壊した建物の視察や、復興・復旧に努める輪島市民の方々、災害支援を続けるPBVスタッフの話を聞きました。
地震で倒壊した建物や避難所となった学校、仮設住宅を見て「テレビで見ていた街の様子とは違い、復興はまだまだ進んでいない」という街の現状を知り衝撃を受けました。また、段ボールベッドに座ったり、仮設の銭湯を見たりと、復興の状況を視察しました。
被害が残っている中、輪島市に残り市民でコミュニティを作って何とか生活している様子や、被災後も街に残り生活している方々を見ると、もっと能登半島地震のことを周りに伝え「私たちにできることは何か?」を考えるきっかけとなりました。
少しずつ復興をしていく様子を見ることができ、とても貴重な体験でした。「大人になったときに再び輪島市を訪れ、復興支援をしたい」という目標を持った参加者も。
また、住民から「不便でも良いからもう一度輪島市に帰って来たい」という声を聞いて「新しい街作りをする」という目標があることを知りました。今回の能登視察で知った復興支援の進め方やコミュニティでの生活の仕方を南相馬市の復興に落とし込むと同時に、「次に災害が起こった際に実践していきたい」という感想を抱いた参加者もいたようです。
7日目:8月5日「計画を立て、自主研修へ!」
金沢市内での自由行動の日。みんなで自主研修の計画を立てます。日本三名園のひとつ「兼六園」を訪れた後は自由行動とし、班ごとにわかれて、ひがし茶屋街、美術館、ショッピンモールでの映画鑑賞など、思い思いに過ごしました。
見知らぬ土地での自由行動、中学生の彼らにとって、良い経験となったことでしょう。
8日目:8月6日「能登半島地震視察をきっかけに深まる関心」
船内での生活にも慣れ、自分の行きたい船内イベントにそれぞれ自由に参加できるようになりました。この日は多くの参加者が、6日目に訪問した能登視察で災害支援や防災・減災に関心を持ったことがきっかけで、講演会『明日被災したらどうする?自分や家族を守るための知恵』に行った人や、ドキュメンタリー映画『医学生 ガザへ行く』を観ました。
また、特別に操舵室見学をさせてもらったり、夜には洋上夏祭りに参加したり。船内イベントで仲良くなった方と洋上夏祭り準備のお手伝いで汗を流し、フルートを演奏した参加者もいます。夏祭りが終わった後に「上手だったよ!」「フルート吹いてた子だよね?」と声を掛けられてとても嬉しかったそうです。
9日目:8月7日「北海道の旅(小樽・札幌)」
船は北海道に到着。小樽や札幌を巡りました。1972年の札幌冬季オリンピックでスキージャンプの会場となった大倉山展望台や札幌大通公園を訪れたり、北海道名物の海鮮丼を堪能したり、白い恋人パークで北海道名菓「白い恋人」を作る工場見学をしたりと、北海道を満喫する1日を過ごしました。
10日目:8月8日「北海道の旅(函館)」
北海道滞在2日目は、初めての函館へ。ロープウェイで函館山に登った後は、五稜郭を散策し、この日もまた違った北海道を満喫しました。
12日目:8月10日「最終日」
12日間の旅が終わりました。横浜に到着した船を降り、中華街で昼食を食べ、東京駅から自分たちの町・南相馬市へ。南相馬市原ノ町でおこなわれた帰着式では、一番楽しかったことを話したり、先生から大事なお話を聞きました。
「船が恋しくて寂しくなったし悲しくなりましたが、12日間楽しい船旅でした」
※このレポートは、NGOピースボートの公式Facebookにて随時報告された内容を、抜粋してお届けしています。