2024年1月の能登半島地震から2年半が経ちました。世間の関心が薄れつつある中、能登は今、被災された方々の人生を左右する「住まいの選択」という大きな岐路を迎えています。
PBVが常駐する輪島市では、今年5月11日から7月10日にかけて「災害公営住宅」の申込登録が行われました。今回の申込数が最終的な建築戸数を決めるため、地域の未来を左右する極めて重要な局面です。
自力での自宅再建か、災害公営住宅への入居か、あるいは別の道か——。今後の生活を大きく変える決断を前に、住民の方々は複雑に絡み合う迷いや不安から、簡単には答えを出せずにいました。そんな一人ひとりの胸中に深く寄り添うため、現地のPBVスタッフもこれまで以上に工夫を凝らし、活動にあたりました。

住民の方々のリアルな葛藤と、サロン活動から聴こえる声
市役所でも相談窓口を開設し、職員の皆さんが一人ひとりに寄り添おうと日々尽力されています。しかし、制度の枠組みや限られた時間の中だけでは、どうしても網羅しきれない「制度の隙間」が生じてしまうのも事実です。 また、公的な場だからこそ「うまく説明できない」「こんな個人的なことを相談してもいいのだろうか」と、住民の方が一人で悩みを抱え込んでしまうケースも少なくありません。
私たちが日々のサロン活動などを通じて関係性を築く中で初めて、そうした公的な支援の手から零れ落ちそうになっている、様々な切実な声が聞こえてきています。
「内容が複雑で難しく、なかなか向き合うことができない」
「遠方にいる子どもに手続きを任せているけれど、まだ家族会議ができていなくて、自分では決めきれない」
「今年受験を控えている子どもがいるので、今このタイミングで将来の住まいを決められない」
避難所から応急仮設住宅に居を移し、少しずつ日常が戻り始めているとはいえ、まだまだ課題は山積しています。これからの5年後、10年後をどう生きていくか、簡単に答えを出せるものではありません。一方で、仮設住宅への入居期間は決まっており、入居を延長するにも様々な条件が壁になります。
被災されてからこれまで、何度も「迷い」と「選択」を繰り返してきた住民の方々にとって、この災害公営住宅への申し込みは、これまでのコミュニティや、生まれ育った大切な土地を諦めることにも繋がりかねない、本当にエネルギーのいる決断なのです。


「災害公営住宅」の申込み急増の背景と、被災自治体が抱える課題
今回の本申込に先立ち、実はちょうど1年前の2025年5月頃、建設戸数の見通しを立てるための入居アンケートが輪島市内で実施されていました。その段階での整備予定戸数は約975戸。しかし現在、最終的な申込数は当時を大幅に上回っています。希望者が増えた背景には、当初は自宅の修繕を考えていたものの、物価高や地元業者の不足から再建を断念せざるを得なくなった方々の存在が挙げられます。
しかし、災害公営住宅は一度建てると、将来的に空き家が増えた場合は税金で賄わなければならないという、自治体としての財政的な課題もはらんでいます。
さらに、申込みの条件や方法も複雑です。「必要な書類が揃えられない」「二度、三度と居を移さざるを得ない状況のなかで、どこの地区を希望すればいいか決められない」「頼れる人もいないなかで、バリアフリー化がどこまで対応しているか分からない」といった、個別具体的な事情を背景とした多様な不安や課題が山積しています。
見守り支援団体と連携し、一軒一軒の「着地」に伴走する
この切迫した状況を受け、PBVでは輪島市や地元の見守り訪問団体と緊密に連携し、災害公営住宅の申込みフォローアップに集中して取り組むことを決定しました。主に配慮が必要な方々を対象に、一軒一軒の仮設住宅や在宅避難者のご自宅を訪問し、ヒアリングや情報提供を実施しました。

私たちの役割は、単に「申し込むかどうか」を確認することではありません。
住民の皆さんが歩んできた背景や、言葉の裏にある心の機微に耳を傾け、まずは「何に悩んでいるのか」をじっくりと受け止めること。葛藤に寄り添い、共に悩み、その世帯にとっての「よりベターな選択肢」へと着地できるよう伴走すること。
その場ですぐに答えは出せなくとも、誰にも言えずに抱え込んでいた不安を少しずつ紐解き、行政や専門組織へと繋ぐことで、解決の糸口を一緒に手繰り寄せていきます。



数年後振り返ったときに、一人じゃなかったと思えるように
「数年後の輪島を見てみたい」——この一ヶ月、毎日朝から晩まで車を走らせ、市内の仮設住宅をいくつも回り続けてきた担当スタッフは、幾度となくこう漏らしていました。
「自分たちがどれだけ訪問し、情報を提供しても『決定の先』の人生にまで寄り添うことはできない。そう思うと、もどかしさや無力感に押しつぶされそうになることもあります。場合によっては、訪問したことでより一層悩ませてしまうこともあるかもしれない。
それでも、様々な理由から情報が限られている人には、一つでも選択肢が多い状況で選んで欲しい。被災経験の有無にかかわらず、誰しも人生の中で選択しなければならない瞬間は絶対にあります。だけど、そこに少しでも寄り添うことができたら。あの選択の時に、誰かが側にいてくれたという事実が、将来のその人の希望になれたら。そう思って活動を続けていました。どんな決断も間違いではなかったと、私たちは応援しているということが伝わっていたらとても嬉しいです」
突然の災害に日常を奪われ、葛藤と不安のなかで次々と決断を迫られる被災者の歩みは、決して能登だけの問題ではありません。東日本大震災や熊本地震など、これまでの被災地が歩んできた道であり、これから日本のどこかで起こりうる災害でも、誰もが直面する共通の課題です。
5年後、10年後に振り返った時に、「あの時、あの決断をしたとき、一人じゃなかった」と思えるように。PBVはこれからも、被災された方々の心に寄り添い、ともに歩みを進めてまいります。

これまでご支援くださったみなさまに心より感謝申し上げますとともに、これからも是非、関心を寄せ続けていただけますと幸いです。

