2021年8月9日、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が地球温暖化の自然科学的根拠をまとめた最新報告書(第6次評価報告書第1作業部会)(以下、報告書)を公表しました。8年ぶりとなる最新の報告書の内容を受けて、世界各国の主要紙は、「温暖化は人間活動が原因」「疑いの余地ない」「人類への緊急警報」など、トップ記事として急速に進む地球温暖化について強い警告の言葉が並びました。
IPCCとは
国連の「気候変動に関する政府間パネル」(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)は、1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立されました。各国の政府から推薦された研究者が協力し、最新の研究成果をもとに、地球温暖化の現状や今後の見通し、地域や生態系への影響、そして対策などをつぶさに議論を重ねた報告書を数年ごとに発表しています。IPCCは、2007年の第4次評価報告書を発表した際、ノーベル平和賞を受賞しています。
第6次評価報告書は、日本を含む66か国から234名の科学者によって1万4000以上の科学研究論文などをもとにまとめられました。今回の報告書の特筆すべきポイントは、「人間の活動による影響が大気や海洋、陸地を温暖化させたのは疑いの余地がない」と、過去2013年までに5回発行されてきた報告書よりも踏み込み、強い表現で「人間の活動による影響」を断言したことです。報告書では、猛暑や洪水などの異常気象が、どの程度温暖化の影響によるものかが科学的に示されるようになったことや、1.5度の気温上昇に抑えるシナリオに関する科学的知見がより詳細に示されています。
とりわけ、2011年から2020年の地表温度は、1850年から1900年に比べて約1.1℃高く、ここ5年間の平均気温は19世紀半ば以降で最も高い数値を観測しました。付随して、海面水位の上昇率も加速しており、熱波など暑さの異常気象が1950年代から頻度と激しさを増しています。
こうした、広範囲で急速に激化する気候変動の原因は、大量消費社会を主に牽引してきた先進国や新興国などを中心に、私たちが人間が人類史の本当にわずか短期間の間で大量の資源やエネルギーを消費し、大量の廃棄物を排出している今日の文明によって引き起こされている。このことはもはや自明であると、報告書では明記されています。
その上で、報告書では近い将来に起こりうる影響について以下のように記述されています。
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- 2030年頃までに、地球の気温は1850年~1900年水準と比べて1.5℃上昇する。大幅な排出削減が実施されない限り、2℃上昇は21世紀中に迎える
- 北極海は2050年までに少なくとも1回、ほとんど全く海氷がない状態になる
- 気温上昇を1.5℃以内* に抑えたとしても、過去の記録上、前例のないほどに猛威をふるう異常気象が頻度を増して発生する
- これまで100年に1回起きる程度だった極端な海面水位の変化が、検潮器が設置されている位置の半数以上で、少なくとも1年に1度は起きるようになる
- 多くの地域で森林火災が増える
* 昨年2020年から施行されている温暖化対策の国際ルールとして、2015年12月の国連気候変動会議(COP21)にて採択された「パリ協定」にて、気温上昇を2℃未満にかなり低く抑えることを目指し、可能なら1.5℃に抑えるという努力目標を掲げられた。(詳しくは、IPCC「1.5℃特別報告書」を参照)
このように、気候変動がもたらす悪影響について明確に言及しています。近年日本国内で頻発している水害をはじめとする気象災害を思い起こすと、これまで以上の災害が今後起こりうるとすると頭を抱えたくなってしまいます。
2020年10~11月、集中豪雨と7つの台風が襲ったベトナム中部。
PBVは緊急支援募金を呼びかけ、現地パートナー団体を通じて生活再建に向けた支援活動を行った。
3年前、当時15歳だった学生がたった一人、スウェーデンの国会議事堂前で気候正義(Climate Justice)のための抗議活動を始めた、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんは、今回の報告書の内容について、「驚きではない」とコメントしました。このまま温室効果ガスの排出を続けてしまった場合に一層激化する地球温暖化が、年代間の不公正を生み出し、若い世代やこれから生まれてくる世代の将来の可能性や希望を奪ってしまいかねません。
しかしながら、彼女が同時に「まだ最悪の事態を避けられる」と主張するように、また同じく多くの科学者は、2030年までに地球全体の温室効果ガス排出量を半減できれば、気温上昇を食い止め、あるいは反転させることができるかもしれないと期待を込めて今回の報告書は結論づけています。それはひとえに、私たち人類の喫緊の課題として、例えばクリーンエネルギー技術の利用を抜本的に進めるといった、可能な限り温室効果ガスの排出を減らすための絶え間ない努力が必要であることを意味します。
国連やEUを中心に、脱炭素社会に向かう潮流はコロナ禍でより強まっており、コロナ禍で減った二酸化炭素の排出量を一過性の減少にしてはならないと、「グリーンリカバリー(緑の回復)」や「ビルトバックベター(より良い復興)」を訴える声が高まっています。ひるがえって、世界で二酸化炭素の排出量が5番目に多い日本では、先進国の中でも石炭火力発電所を新設し続けており、今さらに全国で20基近くが建設予定となっている現状があります。皮肉なことに、日本は激甚化する自然災害によって気候変動の影響をもっとも受けている国の一つであることが分かっています(Germanwatchによって、2018年は世界第1位、2019年は世界第4位の気象災害被害だと報告されました)。
記録的な集中豪雨により多くの地域で河川の氾濫や浸水被害、土砂災害など甚大な被害がもたらされ、
「平成最悪の水害」と呼ばれた2018年・西日本豪雨災害。
自分たちが使って排出してきたものによって、これ以上大きな災害を招きやすい社会にしてしまわないために、今私たちに何ができるのでしょうか。一人ひとりが真剣に、ライフスタイルや社会との関わり方を省みる時間が必要なのではないかと感じています。
日本政府は2020年10月に、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることを目指すと発表し、更には2030年度まで温室効果ガスの46%削減(2013年度比)を目指すことを宣言しました。2050年に実質ゼロという目標を掲げて達成に向けて動き始めている国はすでに約120カ国に上っています。「国際基準」とも言えるこの大きな目標へ向かって、どのような手段で実行し達成していくのか。先月7月、経済産業省による「エネルギー基本計画」(第6次エネルギー基本計画)の素案が発表され、今後パブリックコメントの募集を経てさらに審議が重ねられ、秋頃に閣議決定がなされる流れが待っています。業界の各セクターにも大きく影響するこの計画は、日本社会全体が今後どれくらい脱炭素に向かうかを決める大切な指針となります。果たしてIPCCによる報告書で伝えられた「人類への緊急警報」を真摯に受け止め、持続可能な社会のために必要な指針が描かれるでしょうか。
国際社会では、2021年10月末から11月中旬にかけて、英国グラスゴーにて国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開催される予定です。次世代の子ども達の未来を、激化する災害の頻発化をはじめとする気候危機によって奪わないために、国際社会での惜しみない協働が不可欠です。まずは、自国の動きは私たちがしっかりウォッチしていかなければならないと思います。災害対応と同じように、気候危機への対応も誰か一人の努力でどうにかなるものではないのだから。
参考資料・引用元:
IPCC (2021/08/09) 「第6次評価報告書」
IPCC (2021/08/09) “Climate Change 2021: The Physical Science Basis – Summary for Policymakers(SPM)”
外務省「気候変動:日本の排出削減目標」(2021年7月最終更新)
高橋真樹(2021)『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』大月書店
ダニエル・ハンター=著、荒尾日南子=訳 (2021/04/01) 『クライメート レジスタンス ハンドブック』、350.org Japan
Aristos Georgiou (2019/09/26) “Humans Have Never Lived in CO2 Concentrations Seen in Earth’s Atmosphere Today”, Newsweek
Germanwatch (2020) “Global Climate Risk Index 2021”(最終閲覧日2021/08/13)
Germanwatch (2019) “Global Climate Risk Index 2020”(最終閲覧日2021/08/13)
Global Change Data Lab(2017) “CO₂ and Greenhouse Gas Emissions”(2020年8月最終更新)
IPCC「Global Warming of 1.5 ºC(1.5℃特別報告書)」
Jenna Amatulli (2021/08/10) 「グレタ・トゥーンベリさん、国連IPCCの気候危機警鐘に『まだ最悪の事態を避けられる』」, Huffinton Post
Matt McGrath (2021/08/09) 「温暖化は人間が原因=IPCC報告 「人類への赤信号」と国連事務総長」BBC News (英語記事はこちら)
WWF (2021/08/09) 「最新の地球温暖化の科学の報告書:IPCC第6次評価報告書 『自然科学的根拠(第1作業部会)』発表」