《スタッフの想いリレー》#4 井上綾乃:災害がきっかけの恩を返すために

クラウドファンディングへのご協力をありがとうございます。
クラウドファンディング終了まで残り6日となりました。ラストスパートにさまざまな方からご支援が届いております。本当にありがとうございます。昨日から引き続き、長年PBVに関わっているスタッフのインタビュー記事を掲載しております。
4人目にご紹介するスタッフは、井上綾乃(いのうえ あやの)です。主に緊急支援チームを担当しています。

 

➀災害支援を仕事にしようと思ったきっかけはなんですか?
東日本大震災が発生したとき、当時住んでいた神奈川県も大きく揺れ、地震に対する恐怖を初めて自分ごととして感じました。まだ高校生だった私は災害やボランティア活動について何も知らず、わずかな募金以外に何もできませんでした。
大学入学後、2012年の夏に初めて岩手県大槌町吉里吉里を訪れました。夜見上げた星空がとてもきれいだったのですが、そのきれいな星は災害によって、まちの灯りが失われたから見られるんだと聞いた時にショックを受けたのを覚えています。在学中、何十回と足を運び、地域の人と関わる中で災害の恐ろしさの他に、人の強さ、温かさ、地域の歴史や文化を知る楽しさを学びました。そして、恩送りという言葉を教えてもらいました。
その後は、吉里吉里へ通い続けながらも、吉里吉里で受けた恩を返すために、災害による被害を少しでも減らすために、自分の住む地域で何ができるのかを考えるようになりました。大学卒業を控え、災害支援や防災・減災に関わる仕事に就けたらいいなとぼんやり思っていたときに、PBVと出会ったことがきっかけで、災害支援が仕事になりました。

 

 

➁長年携わり続けている理由を教えてください。
気づいたら、災害支援や防災・減災に関わるようになって約9年が経っていました。
吉里吉里に行くたび「おかえり」と行って出迎え、東京へ戻るときには「またね」と送り出してくれた人に「また会いたいから行く」ということを続けていたら、大学を卒業していました。PBVに入ってからは、災害に関わったことのない人に、どうしたら災害が起きたときに自分や地域に降りかかる状況を伝えられるかを考えながら、毎年起きる大きな災害の支援をしていたら、4年が経過していました。
自分の知らない土地や人と出会い、その文化や地域性、考え方などを知ることが好きで、不適切な表現かもしれませんが、災害支援活動を通して得られる出会いや経験を楽しむことができたから続けてこれたと思います。

 

 

③現地での印象に残っているエピソードなどを教えてください。
2018年の西日本豪雨災害で初めて長期的な緊急支援に携わりました。避難所の運営や、災害ボランティアセンターのニーズ班で4,000ものお宅のニーズ調査を行うなかで、多くの住民さんや支援に関わる人とコミュニケーションを取る日々を送りました。初めての経験ばかりで戸惑うことも多く、毎日必死でしたが、相手に寄り添うことや、何気ない会話の中から本当に必要とされている支援を考えることなど、災害支援を行う上で一番大切にしなければいけないことを学ぶことができました。
2020年7月豪雨の避難所運営では、個別対応担当として日々住民さんと会話をする中で、この時の経験を活かすことができたと強く感じています。コロナ禍でできる支援が限られてしまう状況でしたが、だからこそ深く住民さんとコミュニケーションを取ることができ、「また会いたい」と思う人が増えました。

 

 

 

④これからも続けるうえで大切にしたことはなんですか?
何か特別なことができるわけではないので、これまでと同じように困っている人の話を聞き、気持ちに寄り添いながら、困りごとを解決するお手伝いをしていけたら嬉しいです。
そして、これまで出会った人とも、これから出会う人ともゆるやかに繋がり続けながら、より多くの人が、気負うことなく災害支援に携われる場をつくっていけるよう頑張ります。

 

 

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クラウドファンディング終了まであと7日!
最後まで応援をよろしくお願いいたします!
「コロナ禍でも被災者を支えたい」 #1人の100歩より100人の1歩