《スタッフの想いリレー》#3 山脇歩子:PBVとしてビブスに袖を通すことの責任

クラウドファンディングへのご協力をありがとうございます。
残り1週間ということで、今日から少しずつ、PBVスタッフがなぜ災害支援を続けているのか、彼らの想いをインタビューし、連載企画として掲載していきたいと思います。
3人目にご紹介するのは、山脇歩子(やまわきあゆこ)です。「あゆぽ」という愛称で、主に緊急支援チームを担当しています。

➀災害支援に関わるようになったきっかけを教えてください。
2016年、ピースボートに乗船しようとピースボートセンター福岡に通っていました。同年4月に熊本地震が起こり、PBVのボランティアとして初めて被災地に行き災害ボランティアとして活動したのが災害支援に関わるきっかけになったと思います。
今まで、ボランティア活動と呼ばれるようなゴミ拾いや募金活動、子どもキャンプのボランティアスタッフなどはした事はありました。しかし、災害ボランティアの経験はまったく無かったので最初は興味本意でした。その時はまだ、PBVへの認識は薄く、災害というものに対しても特に意識したことも考えたこともありませんでした。なので、熊本地震でPBVの災害支援活動を間近で見て、災害支援のすごさに感動と驚きを感じました。

発災から2週間くらいたってから一般のボランティアの募集が始まり、私も5月の上旬に合流しました。まだまだ忙しく、役場職員と学校職員、たくさんの支援団体と一緒にPBVも避難所の運営をしていました。当時、現場に行ってから災害ボランティアって何?!何すればいいの?と右往左往していたことを今でも覚えています。状況の整理が追い付かないまま、ただ言われたことをこなす日々でした。気づいたら長期ボランティアになっていて、気が付いたら避難所が閉所するまでの約3か月間ボランティアをしていました。

➁災害支援を続けてこれた理由はなんでしょうか?
熊本地震の時の経験が、災害に目を向けるようになったきっかけでもあるのと、PBVがあるからこそ自分も災害支援に関われているのだと思います。

 

 

③現場に入った被災地での印象的な出来事などはありますか?
PBVで活動に入る時、ほとんど避難所の運営に入っています。毎日通う避難所。住民さんとの関りはもちろんですが、加えて運営に関わる職員さんや団体とのコミュニケーションも一番大事だと感じています。私が避難所に入る前は、大半、PBVスタッフがいて、運営に関わっている方との関係が築けてから入ることが多く、突然、避難所に入ってもPBVと名前を言えば安心してくださりスムーズに活動ができていました。
それに気づかされたのが、2019年の台風19号での避難所支援の時でした。この時は、PBVが避難所サポートに入ると決めてから避難所に入る最初の段階から参加することになりました。初めから入ることはなかった分、関係作りってどうやってしていたのか分からないことだらけで、上手く職員さんたちとかみ合わなく、最後までやりきれない状況が続きました。一方的な言い方になっていないか?住民さんと職員の間に入り必要な支援ができているのか?このやり方でよかったのかなと、当時を振り返って不安になることもあります。そんな経験があったからこそ、次の支援地ではこうしたい、こんなコミュニケーションを取っていきたいと変わっていくことができました。

 

 

④今後、災害支援の現場でどんなことをしていきたいですか?
今、活動に入っているのは2020年7月豪雨災害で被災したの熊本県の人吉市です。私は、被災公民館の備品支援を任され動いています。会長や班長とお話しする機会も多く、公民館の再建への悩みや困りごとも伺う機会があります。その困りごとを必要な支援に結び付けられているか?他団体との連携で不都合はないか?状況を整理して進められているか?まだまだ勉強不足、経験不足で悩むことも多く、相談ばかりしていますが、私ができる事を精一杯できたらいいなと思います。
PBVに出会って、お世話になって約5年。ボランティアから現地スタッフとしてビブスを着て被災地に入ること、PBVのスタッフとして災害支援の現場に入る重要さを感じています。

 

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