厳しい冬を越えるために ~「仮設きずな新聞」の役割~

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(11月9日撮影)

 

仮設支援チームが担う「仮設きずな新聞」の配達が今までの活動と大きく違う点、それは”ニーズありきではない”ということです。クリーン、炊き出し、漁業支援などは、住民の皆さんから社会福祉協議会や石巻災害復興支援協議会などを通して依頼があったり、または直接ピースボートの活動を知った方々から声をかけられたりして行ってきた活動です。

 

しかし、「仮設きずな新聞」の発行・配達は、そういった目に見えるニーズがあったわけではありません。インターネットがなく情報と切り離される仮設住宅生活への懸念と、阪神淡路大震災で直面した課題へのチャレンジが活動のきっかけです。

 

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10月11日、石巻市内の全避難所が閉鎖され、一部の待機所を残し、被災された方の多くが仮設住宅で本格的に生活を始めました。石巻市に建設された仮設住宅は全部で7,297戸。うち6,693戸には、震災や津波で住居を失った方々が入居されています(12月1日、石巻市発表)。

 

被災者援が、緊急時から復興期に変わる、生活再建に向けてのステージに入る一区切りになります。しかし、震災前とは別の場所で暮らし、お隣りの人も初めて。長年暮らした自分の家を離れ、ゼロからご近所付き合いやコミュニティーづくりを行うのは大変です。

 

仕事を含め、長い年月をかけて一つずつ培ってきた大切なもの。それを一気に奪い去ってしまった自然災害の前に、阪神・淡路大震災で引き起こされたのは、孤独死というつらい現実でした。

 

孤独死を防ぐ。そう言うとちょっと大それた言い方かもしれません。それでも、「仮設きずな新聞」は、仮設住宅に暮らす方々に、少しでも明るい話題を提供したい、そんな僕たちの想いから始めたプロジェクトです。

 

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仮設住宅を訪問するボランティアの事前レクチャーの一環。門脇地区で、津波がもたらした被害を知り、自分にできることを考えます。

 

「被害の当事者でないボランティアにできることがあるのか。」その想いは、実際に現場で支援に当たるメンバーも同じです。ボランティア初日、仮設支援に加わる定期メンバーは、数時間かけておこなう前メンバーとの引き継ぎや長期滞在するスタッフからゆっくりとその疑問に向き合います。

 

「精一杯の笑顔で元気を届ける」 ボランティアにできる一番大切なこと。

 

それでも、初めて訪れる地で、しかも被災地の仮設住宅。特殊な環境で全く面識の無い人を訪ねることは、幾多の人生経験があっても大きな精神的な負担を強いられます。「少しでも役に立ちたい」、集まったボランティアの気持ちは一つです。だからこそ、緊張し身構えてしま致し方ないことなのかも知れません。初日や2日目のボランティアに話を聞くと、「留守であってほしい」という本音がほとんどです。

 

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新聞配布の途中、公園で休憩し昼食を取るボランティアのメンバー。この日は風が強く、自転車を横にしておかないと倒れてしまうほどでした。(11月24日撮影)

 

何を話せばいいのか、変なことを言って傷付けてしまったらどうしよう、と・・・。それが、4日目、5日目になると「話をしたいから出てきてほしい」という気持ちに変わっているというのです。

 

ボランティアから話かけるのは、ほんのありきたりの一言です。

「おはようございます!ボランティアのピースボートです。新聞を持ってきました!」

 

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「今日は天気が良くて昨日より暖かいですね~」
「お父さん、芸能人の○○さんに似てるって言われないですか?」

そんな他愛もない一言から始まった会話から、住民の方が誰かに話したいと思っていたことが聞こえ始めてくるのです。

 

これまでの中から例を挙げると、通院する時の交通の不便さ、不安や寂しさからくる不眠、DVなどの家庭内トラブル、アルコールへの依存など・・・。ボランティアがそのまま解決はできません。それでも、様々な声を市行政や社会福祉協議会に伝えることができました。住民の皆さんにとっても、「役所の人」ではなく「ボランティア」だから話せることもあるのだと思います。

仮設支援チームのメンバーは、訪問の時に手に持っているのは新聞だけです。必要な時のためにペンとメモ帳は用意していますが、普段は鞄の中にしまって持ち歩いています。
震災発生から避難所でも仮設住宅に移ってからも、マスコミにカメラやマイクを向けられたり、行政や様々な団体から震災に関する聞き取り調査がおこなわれたりして、住民の皆さんはその度に繰り返し繰り返しつらい出来事を思い出して口にしなければならない状況がありました。そのため、見ず知らずの人が訪問してくることに嫌悪感を抱き、新聞はいらないから来ないでほしい、そっとしておいてほしいというお宅があるのも事実です。

 

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「仮説きずな新聞」の記事を書くボランティア。

 

それでも、10月から始まったこの活動は、「いつも新聞ありがとう」「ボランティアの皆さんと話をすることが楽しみなのよ」という声として形になって現れてきました。それは、仮設支援チームの頑張りはもちろん、これまで石巻でクリーンや炊き出し、避難所での支援など、様々な場面で目に入っていたであろう「ピースボート青いビブス」が支援を継続してきた力の現れでもありました。

 

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夜、仮設支援チームのボランティアからその日にあった気になる出来事などを聞き、それぞれでシェアしながら翌日以降の対策を話し合うスタッフたち。(11月22日撮影)

 

3月から、石巻を訪れたボランティア一人ひとりの誠心誠意続けてきた活動が、住民の皆さんとの間で最も大事な”信頼”という言葉に繋がっていってるのかもしれません。

 

震災から9ヶ月。今、石巻では「山場」を迎えていると言われています。それは、震災で仕事を失った方々に対し、通常の半年間に加えて3ヶ月延長されていた失業保険の支給期間が、この12月、1月で切れてしまうためです。いつまで続くのかもわからない仮設住宅での生活の中、唯一である収入源が無くなってしまえば、更なる不安に襲われるであろうことは容易に想像できます。
就職支援や集会場で様々なイベントをおこなう他団体とも力を合わせ、住民の皆さんに心から寄り添うこと。同じ目線で、一緒に春を迎えるためのボランティア。

 

待ってくれている人がいる。ボランティアに行く理由はその一点でいいのかもしれません。

 

 

 

All photos by Mitsutoshi Nakamura