【熊本報告】 支援活動を振り返って [避難所運営サポート編]

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今年4月に発生した熊本地震から、8ヶ月以上の月日が経過しました。
PBVでは、地震発生直後から情報収集を開始し、2度目の震度7の本震が起こった4月16日にスタッフを現地に派遣。その後、熊本に拠点を置き、特に被害の大きかった地域の一つ、益城町を中心に、熊本市や西原村、南阿蘇村などへ、地元の行政や団体、全国から集まったボランティアと協力しながら支援活動を展開してきました。

現地にスタッフが常駐する形での緊急支援は、11月1日をもって一区切りとしましたが、今後も現地ニーズに合わせて支援を継続していきます。

ここで、これまでの活動内容を、改めて振り返ってみたいと思います。

 


 

 

■避難所運営サポート

活動の柱の一つとなったのが、広安小学校、グランメッセ熊本(熊本産業展示場)の2カ所に設置された避難所での運営サポートです。益城町からの依頼を受け、4月26日にはスタッフを派遣、被災者の皆さんの生活環境改善のほか、自主運営の促進なども含めたサポートに取り組みました。
広安小学校は、一時は800人以上の方の生活の場となっていました。教員の皆さんのほか、避難されてきていた地元区の区長や町役場の職員、他の支援団体の方たちもまじえ、多いときは1日2回のミーティングを実施しながら運営の方向性を決めていきました。

その中から生まれてきた取り組みが「ボランチタイム」。避難者‐支援者という関係性ではなく、そこにいる全員がボランティアだという意識で、昼食のだんらんをしながら避難所での生活について話し合いをするという試みです。開催は週1回、リーダーをあえて設定せず、誰でも意見を言いやすい環境づくりを心がけました。また「洗濯機の利用時間をどうするか」「トイレ清掃や使用方法」など、そこで出た話題の結果報告をかねて発行したのが、避難所新聞「笑顔だより」。役場からのお知らせやイベント情報などもまじえて、週1回の発行を続けました。

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また、震災当初から互いに呼びかけ合ってボランティアとして活動していた小学校卒業生の若者たちの存在も、避難所に活気を与えてくれました。彼らの姿が刺激になったのか、他の避難者の皆さんの間にも「自分たち自身が運営にかかわっていこう」という意識が非常に高かったように感じます。自主的な運営となるまでには沢山の課題がありましたが、スムーズに実施できる様、アイディアを出しながら進めていきました。

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一方、PBVが入ったもう一つの避難所、グランメッセ熊本は、4月16日の地震で建物が使用不可能になりました。それでも、駐車場などでの車中泊という形で、一時は約6,000人もの方が避難されていました。入れ替わりも非常に激しく、避難者名簿の作成やニーズ把握も困難な状況でしたが、救援物資の配布から活動を始めました。

その後、少し状況が落ち着いてくる中で浮かび上がってきたニーズが「子どもの遊び場がほしい」というものでした。学校の校庭や公園は、避難施設や車中泊での避難場所になっていたため、子どもたちが自由に駆け回れる場所がなくなってしまっていたのです。

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そこで、支援物資を配布していたテントのすぐ脇に、ミニ滑り台などの遊具を備え、子どもたちに遊んでもらえる「子どもひろば」をオープン。地震の体験による影響で屋根のある場所だと怖くて安心できないという子たちが大勢いたため、あえて屋外の空間としました。

 

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さらに、子どもたちのお母さんたちにも一息ついてもらえる空間をつくろうと、テント内にカフェスペースを設置。テーブルにきれいなクロスをかけたり、看板のデザインも工夫したりと、避難場所にいることを忘れてひとときを過ごせるような、非日常的な雰囲気づくりを心がけました。また、本棚を置いた「青空文庫」のスペースも設置し、たくさんの人に利用いただきました。

広安小学校の避難所は8月18日に、グランメッセ熊本の避難所は7月27日に、それぞれ閉所となりました。避難者の方たちがそこから仮設住宅に移られるにあたっては、引っ越しなどの作業のお手伝いとともに、益城町内の仮設団地に設けられた集会所や談話室の備品の調達・搬入も担いました。

住民同士の重要なコミュニケーションの場となる集会所や談話室は、コミュニティの形成や孤独・孤立死防止の観点からも大きな役割を果たします。益城町の仮設団地においても、災害救助法に基づく国からの予算補助を受けて、世帯数に応じた集会所と談話室の設置が決定されました。

しかし、備品については災害救助法の対象外となってしまうことから、PBVでは全国からの寄付や寄贈を募ると同時に、民間の助成制度を活用し、長机やパイプ椅子、座布団、お茶セットなどの備品を地元の商店から調達しました。

 

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これまでに24カ所の集会所・談話室に搬入設置を行いました。
今月、残り6カ所の建設も終わり、年内には、計30カ所全ての仮設団地に同様の備品寄贈とAEDの取り付け作業が完了する予定です

 

 

最後に、避難所の運営に携わっていた熊本県益城町役場の職員さんからのメッセージを紹介します。

 

 

 「益城町では、1回目の地震発生の日の翌朝から町内各所で避難所を開設し、私はその中の一つの広安小学校避難所本部に配置され勤務にあたりました。現場では、各地域・医療団体の代表者で情報交換を行いました。また、地元のPTAのお父さんお母さんや子どもたち被災者ボランティアの手も借りながら食事の配膳等の運営を行っていましたが、役場機能の回復や学校再開などの大きな課題にぶつかっていました。

 そんなある日、ピースボート災害ボランティアセンターの皆さんが現れました。正直どのような団体であるか存じ上げていませんでしたが、災害支援の経験がある『プロの団体』が来た、と思い安心したのを覚えています。東日本大震災等での経験もあり、他の支援団体との連携も円滑に行えたのでさまざまな課題を乗り越えることができました。そしてなにより一番助かったのが、長期的に避難所運営に携わっていただけたことです。他の自治体からの人的支援もあったのですが、どれも単発的で、継続的な運営を引き継ぐことが難しい状況でした。

 住民一人ひとりと向き合い質の高い、運営をしていただきました。おかげで住民も心が癒され、前向きになれたと思います。」

 益城町役場 住民保険課 奥村敬介さん

 

 

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今年4月に発生した熊本地震から、8ヶ月以上の月日が経過しました。
PBVでは、地震発生直後から情報収集を開始し、2度目の震度7の本震が起こった4月16日にスタッフを現地に派遣。その後、熊本に拠点を置き、特に被害の大きかった地域の一つ、益城町を中心に、熊本市や西原村、南阿蘇村などへ、地元の行政や団体、全国から集まったボランティアと協力しながら支援活動を展開してきました。

現地にスタッフが常駐する形での緊急支援は、11月1日をもって一区切りとしましたが、今後も現地ニーズに合わせて支援を継続していきます。

ここで、これまでの活動内容を、改めて振り返ってみたいと思います。

 


 

 

■避難所運営サポート

活動の柱の一つとなったのが、広安小学校、グランメッセ熊本(熊本産業展示場)の2カ所に設置された避難所での運営サポートです。益城町からの依頼を受け、4月26日にはスタッフを派遣、被災者の皆さんの生活環境改善のほか、自主運営の促進なども含めたサポートに取り組みました。
広安小学校は、一時は800人以上の方の生活の場となっていました。教員の皆さんのほか、避難されてきていた地元区の区長や町役場の職員、他の支援団体の方たちもまじえ、多いときは1日2回のミーティングを実施しながら運営の方向性を決めていきました。

その中から生まれてきた取り組みが「ボランチタイム」。避難者‐支援者という関係性ではなく、そこにいる全員がボランティアだという意識で、昼食のだんらんをしながら避難所での生活について話し合いをするという試みです。開催は週1回、リーダーをあえて設定せず、誰でも意見を言いやすい環境づくりを心がけました。また「洗濯機の利用時間をどうするか」「トイレ清掃や使用方法」など、そこで出た話題の結果報告をかねて発行したのが、避難所新聞「笑顔だより」。役場からのお知らせやイベント情報などもまじえて、週1回の発行を続けました。

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また、震災当初から互いに呼びかけ合ってボランティアとして活動していた小学校卒業生の若者たちの存在も、避難所に活気を与えてくれました。彼らの姿が刺激になったのか、他の避難者の皆さんの間にも「自分たち自身が運営にかかわっていこう」という意識が非常に高かったように感じます。自主的な運営となるまでには沢山の課題がありましたが、スムーズに実施できる様、アイディアを出しながら進めていきました。

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一方、PBVが入ったもう一つの避難所、グランメッセ熊本は、4月16日の地震で建物が使用不可能になりました。それでも、駐車場などでの車中泊という形で、一時は約6,000人もの方が避難されていました。入れ替わりも非常に激しく、避難者名簿の作成やニーズ把握も困難な状況でしたが、救援物資の配布から活動を始めました。

その後、少し状況が落ち着いてくる中で浮かび上がってきたニーズが「子どもの遊び場がほしい」というものでした。学校の校庭や公園は、避難施設や車中泊での避難場所になっていたため、子どもたちが自由に駆け回れる場所がなくなってしまっていたのです。

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そこで、支援物資を配布していたテントのすぐ脇に、ミニ滑り台などの遊具を備え、子どもたちに遊んでもらえる「子どもひろば」をオープン。地震の体験による影響で屋根のある場所だと怖くて安心できないという子たちが大勢いたため、あえて屋外の空間としました。

 

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広安小学校の避難所は8月18日に、グランメッセ熊本の避難所は7月27日に、それぞれ閉所となりました。避難者の方たちがそこから仮設住宅に移られるにあたっては、引っ越しなどの作業のお手伝いとともに、益城町内の仮設団地に設けられた集会所や談話室の備品の調達・搬入も担いました。

住民同士の重要なコミュニケーションの場となる集会所や談話室は、コミュニティの形成や孤独・孤立死防止の観点からも大きな役割を果たします。益城町の仮設団地においても、災害救助法に基づく国からの予算補助を受けて、世帯数に応じた集会所と談話室の設置が決定されました。

しかし、備品については災害救助法の対象外となってしまうことから、PBVでは全国からの寄付や寄贈を募ると同時に、民間の助成制度を活用し、長机やパイプ椅子、座布団、お茶セットなどの備品を地元の商店から調達しました。

 

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これまでに24カ所の集会所・談話室に搬入設置を行いました。
今月、残り6カ所の建設も終わり、年内には、計30カ所全ての仮設団地に同様の備品寄贈とAEDの取り付け作業が完了する予定です

 

 

最後に、避難所の運営に携わっていた熊本県益城町役場の職員さんからのメッセージを紹介します。

 

 

 「益城町では、1回目の地震発生の日の翌朝から町内各所で避難所を開設し、私はその中の一つの広安小学校避難所本部に配置され勤務にあたりました。現場では、各地域・医療団体の代表者で情報交換を行いました。また、地元のPTAのお父さんお母さんや子どもたち被災者ボランティアの手も借りながら食事の配膳等の運営を行っていましたが、役場機能の回復や学校再開などの大きな課題にぶつかっていました。

 そんなある日、ピースボート災害ボランティアセンターの皆さんが現れました。正直どのような団体であるか存じ上げていませんでしたが、災害支援の経験がある『プロの団体』が来た、と思い安心したのを覚えています。東日本大震災等での経験もあり、他の支援団体との連携も円滑に行えたのでさまざまな課題を乗り越えることができました。そしてなにより一番助かったのが、長期的に避難所運営に携わっていただけたことです。他の自治体からの人的支援もあったのですが、どれも単発的で、継続的な運営を引き継ぐことが難しい状況でした。

 住民一人ひとりと向き合い質の高い、運営をしていただきました。おかげで住民も心が癒され、前向きになれたと思います。」

 益城町役場 住民保険課 奥村敬介さん

 

 

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